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みさとさんは無事に11歳になられた。

思えば大変だった。が。まぁ、良い。

この世はカオスだ。

パパは、少年の育成にかかわる仕事をしていた。

でも、うまくいかないことが多かった。

最近のこどもは・・・とよくいうが、

それ、全部大人の責任ですから。

悪いことをしても謝らない。

すぐに責任転嫁。

言動と行動が伴っていない。

親、政治家、社会風潮・・・

こどもたちは驚くほど大人たちを見ている。

こどもたちと話していると、

僕だけじゃない。あの人もやっている。

みんなやっているよ。

そうだね。反論はできないよ。

何で世の中の人は自分のことばかりしか考えないのだろうね。

それは仕方のないことなのかな。

他人のことを気にかける余裕もないのかもしれないね。

でも、それは少し悲しいことかもしれないね。

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2011年1月 3日 (月)

新年になった。

みーちゃんは、相変わらずカワイイ。

これが「親バカ」なのか・・・。

さてさて

「誰も、私を解かってくれない」

そんな悲観的な考えは誰でも持つものなのでしょうか?

小学校に入る頃かなぁ・・・・一度だけ私もそんなことを思ったことがある。

「こんなに苦しい」のに、

「こんなに悲しい」のに、

「誰も解かってくれない」と。

でも、その思いは一瞬にして否定された。

私は自分に問いかけたさ。

「じゃ、お前は誰かを理解しているのか」と。

他人の事を理解しようとしない癖に

自分のことは理解して貰おうなんて・・・。

冷静に考えれば身勝手な感情である。

自分の事を理解してもらう努力はしない癖に、

勝手に周囲に期待して、勝手に落ち込んで、

自分がバカに見えたよ。

だから私は自分が可哀相だとか、不幸とか思わない。

否、思えないよな。

自分が理解されないなんて、当たり前なんだよ。

普通の事なのさ。

だから嘆く必要はない。

根本的な問題は、「理解されない」ということじゃないんだ。

悲しいのは、「誰も自分の事を気に留めてくれない」ことなんだろう?

でも、それも同じ理由で、

「じゃ、お前は誰かをいつも気に留めて、優しくしているか?」

結局は同じことなんだけどね。

みな、自分が「~してもらう」ことばかり考えるから、

悲しんだり、怒ったり、イライラしたりするのだと思うよ。

2010年12月25日 (土)

2学期が終わった。みーちゃんも無事終業式を迎え、本年は大事もなく過ごすことができました。関係者の皆様に感謝します。

ところでクリスマスというのに、私が通っている精神病院は盛況だった。

何で、こんなに人が多いのだろう。世の中のせいかな。

私が通い始めた10年前ほどはこんなに多くなかったのになぁ。

今では1時間待ちとか。

自分でも忘れがちであるが、パパは精神障害者と認定されている。

まぁ、何かあるではない。直接的に人に迷惑はかけないから、

周囲の人や家族もそれを忘れてしまっている様な・・・。

私の場合は、症状が身体に現れるので、体が動かなくなったり、

頭が止まったりと身体的にとても疲弊してしまう。

それと、パパは無意識的に、人前では苦しまない。何かがんばってしまう。

一人になった時だけ、ようやく苦しむことができる。

苦しむことさえできなくなったら、もう終わりだなぁ・・・。

なんて思うこともあるが、まぁ、以前よりは断然、平和な生活を送ることができている。

もう少し緊張感があっても良いような・・・、でも安静にしないと・・・、

2010年12月23日 (木)

右手が思うように動きません。握力も不安定です。あ~。

イライラする人は、カルシウム不足?

否、そうではなくて私が思うに、

おそらく、彼ら彼女らは、周囲に対する期待値が高すぎるのですよ。

周りが自分の思うとおりにやってくれないと不満や怒りが高まる。

否、彼ら彼女は周囲に「期待」ではなくて、「すべき」と思っているのだろう。

自らが周囲に期待いるのに過ぎないのに、「すべき」という言葉にすりかえて、

自己の考えや不満を正当化しているに過ぎない。と思う訳です。

本当に、人は一人一人、価値観や大事なものの優先順位が違っていて、

呆れるほどそれは明らかだ。

よく私に文句言う人がいて、「これはこうすべきなのに、何故貴方はしなかった。怠慢だ。」

なんて言われていた。

何か、最もらしい理由を付けて、あれこれ言うが、冷静に考えれば、

こいつはただの「自己中」なのだ。

「傲慢なやつだなぁ~」と思いながら口にするとややこしくなるので、適当にあしらう。

そんなにイライラしたって、怒っても、状況は変わらないぞ。

自分が変わらないと。

まず、「人が自分の思うとおり動いてくれる・してくれる」という幻想は壊さないと。

あんた、人にあれこれ不満を言うけど、あんたは、すべての人の期待に応えているの?

自分の胸に手を当てて考えなさい。

よっぽどバカじゃなければ、解かるでしょ?

現実の社会の中心は、貴方じゃない。残念ながら。

親が子供に何でも応えてくれるように、現実社会は、貴方の要求には応えてくれないの。

イライラするよりは、周囲の人に期待や「すべき」的は考えは止めましょう。

そして、少しでも期待に応えてくれる人がいれば、感謝しましょう。

絶対、その方が小さな幸福でも見逃さないようになるからね。

あ~・・・ 右手が動かねぇ。どうすっかなぁ・・・。困った・・・。

2010年12月 1日 (水)

もう12月になりますね。

12月と言えば、クリスマスとか冬休みとか、人それぞれ思い出すキーワードがあると思います。私的に12月と言えば、「ジョン・レノン」が死んだことが大きな出来事。当時中学生だった私は、夜中に勉強をしている最中、ラジオの臨時ニュースでそれを知った。

 本当に時間が止まったように、私は放心状態に陥ったのを憶えています。人に憧れを抱かない私にとって、ジョンは唯一、憧れというか尊敬の意を持った人でした。でもマニアックに好きな訳ではなく、ただ彼の作品や行動に強い関心や共感を持ちました。

 散々ひどい目に遭ったローティーン時代に、いつも、いや今でも口ずさむ曲がありました。

Life is very short,and there's no time.So fussing and fighting my friend.

I have always thought,that's a crime~

 まぁ、この曲はポールが作ったと思いますが、当時の私にとっては、このフレーズが支えだった。

 「人生はとても短くて時間が無いんだ。だから、つまらないことで騒ぎ立てたり、喧嘩するなんて、それは『罪』だといつも思っているんだよMy friend」

 パパは、いつも温和?である。怒ったところなんて家族、友人でも見たことがないかもしれない。底辺にこの歌詞が沈殿し続けているんだと思う。つまらない意地を張ったり、しょぼい見栄のために、本質を見失い、口論や言い訳を続ける時間があるなら、さっさと前に向いて解決する努力をすれば良い。周囲や他人を責める続ける限り、自分が望む方向から遠ざかっていく。現状で留まるか、前に行くか、答えは明確だから。時間のロスを考えると少し位痛くても我慢すべき、というのがパパの考え方である。これは私自身にのみ通用するルールで他人に押し付けるつもりは毛頭ない。

 ジョンレノンは40歳で銃に撃たれて死んだ。そして知らぬ間にパパはジョンより年上になってしまった。12月になるといつも思い出すんだ。彼と私のことを。

2010年11月15日 (月)

「己の価値は己で決めなければならぬ」

というのは、私のポリシーである。

他人の評価でしか、自分を計れないということは不幸である。

他人の言葉で一喜一憂し、踊らされてしまう。

このことで大切な前提は、

人の価値はそれぞれ違うということである。

ある人には評価される行為が、他の人にはまったく評価されない。

ある行為は、その場の状況とそこにいる人の価値感に支配される訳である。

他からの評価に頼る人は、その場の状況に合わせて評価される行為を取ろうとする。

他の場所では、違う行為をする。

そして複数の価値観が交錯する場所では身動きできなくなる。

結局、自分の足跡を振り返ってみると一貫性がなく、

不安定でいつまで経っても、自分に自信が宿ることはない。

万人から同じような評価を得ることは難しい。

だから己のことは己でしっかり評価できなければならない。

そして己を正確に評価するには、冷徹なほどの客観性が必要である。

見たくない、認めたい自分の場所を避けずに、言い訳せずに見ることが。

2010年11月 2日 (火)

蘇りそうで黄泉返ってしまいそうな、なんというか。

ひさしぶりである。

子供の頃、自分がどんな大人になるか考えることがあった。

でも、まさか専業主夫になるとは思わなかった・・・。

まず、みーちゃんは元気である。

あれから、あれやこれや大騒ぎしたこともあったが、結局、みーちゃんは何事もないように超マイペースで過ごしている。

パパは、今年4月に20年間勤めた仕事を辞めた。みーちゃんの介護と仕事と自分の病とごちゃごちゃで、もう自分が保てないと思った。このままでは、『何か』やらかすのではないかと自分が怖くなるくらいだったので、潔く辞めた。

んで、療養しながら???家事に精を出しています。

いやー、収入は激減したけど、共働きのときは家が荒れて、且つ慌しい毎日だったけど、今は精神的に余裕ができて、まぁ、良かったのではないかと思います。

とりあえず生きていること報告します。

2009年12月15日 (火)

久ぶり過ぎるので

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あまりに放置していたので,怒られました。

あれから,ゴールデンウィークにみーちゃんは入院し,

夏には,みーちゃんのおじいちゃんが亡くなり,

秋には,流行の先端を走って早々と新型インフルエンザに罹ってまた入院。

そして,現在,みーちゃんは,鼻づまりで辛そうですが,元気にしてます。

我家ではカピパラが増殖中・・・

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2009年4月26日 (日)

休日

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休日の朝・・・

みーちゃんは,ゆっくりですねぇー。

(実はパパもみーちゃんの後ろで寝ている。見えないですが)

やっぱり小学4年生には見えない。

うーん・・・。これはこれで良い。

また,ママが職場の人からぬいぐるみを貰ってきたようで,

いつもすいません。

また写真を載せます♪

2009年4月21日 (火)

来てしまった。

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実は,パパはうつだったりする。

7~8年前から精神科に通っている。

詳細は省略。

うつ状態が始まると写真のぬいぐるみのように,ぼーっとして思考が止まってしまう。

この時期は人事異動があったりするので,そのことを知らない人が私を見ると

「???」

ということになるので,一応同じ係内の人には説明しておく。

面倒なのです。

一時期は良くなったものの,今はひどく悪い状態です。

自律神経失調症と胃潰瘍を合併し,

頭は回らないし,体は動かないし,手足は痺れるし,胃は痛いし,呼吸が苦しいし・・・

主治医さんから「休職勧告」がでておりますが,

それも迷惑が掛かるので,最低限,自分の仕事はするよう出勤しています。

これほど,ひどい状態は今までなかったので,少し戸惑っています。

職場,家族や周囲の方々に迷惑掛けるのはつらい。

つらいからがんばると状態がひどくなる。

悪循環から中々抜け出すことができない。

けれど,まぁ,なんとかなるでしょう。

自分自身については悲観的ではないのですが,

周囲の人に迷惑ばかり。それだけがね。痛いんですよ。

2009年4月16日 (木)

4年生になりました。

ご無沙汰しております。

ブログが止まっている事についてご指摘を受けました。

みーちゃんを心配してくださる皆様に申し訳ない。

みーちゃんは,元気に過ごしています。

ただ,パパがボロボロの状態で,気力が・・・。

忙しい。

ママは,「眠い」と言って,みーちゃんの学校の宿題をパパに渡して寝てしまいました。

あぁ,無情。